不用意な発言

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あ、やっちまったな、という発言をしてしまった。職場だったから流れたものの、Twitterで言おうものなら炎上レベルの案件だ。

私は普段から発言には注意している。言葉には力があると思っているからだ(虐殺器官に影響を受けてるわけではないヨ!前々からそう思ってるんだヨ!)

荒い言葉は影響を及ぼす。普段から使う言葉遣いが荒ければ、その荒い言葉遣いを一番に聞くのは自分自身だ。周りにも影響を及ぼすだろうが、それより何より一番影響を受けるのは自分自身だろう。口から出たその言葉を一番聞くのは自分自身の耳なのだから。私はなるべく言葉遣いは丁寧にしたいなと考えている。トリックに出てくる、何にでも「お」をつけたがる旅館の人レベルで御丁寧な御言葉遣いの人になりたいなと。あ、でもあの人は御犯人で御座いましたから御参考にしちゃあ御なりませんな!

その発言をしてしまったのは、話相手が私自身が触れられたくない部分に触れてきて、つい反射的に返してしまったからではあるが、それはまあ置いといて自分自身が常々そう思っていたからでもある。触れられたくないのは、それがばれるのを恐れていたからだ。ちなみに相手に関しては別に嫌いでもなんでもなく、そういう人だと認識している。グッと踏み込んで親睦を深めるタイプ。少しずつ距離感を詰めていこうとする私とは真逆のタイプの人だ。グッと踏み込んでくるので嫌われるリスクもあるが好かれる人にはとことん好かれる。そんな人。話しているとハッとなることも多く非常に面白い人物だ。私自身は好意的に捉えている。ぽっ。

触れられたくない部分に関しては基本的にさりげなく触れられないよう茶化して流していたりするのだが、今回はちょっと自分自身があかんかったなと感じている。発言そのものよりも、この思想はちょっとどうなんかなというレベルで、あかんかったなと感じているのだが、しかしまあやはりあかんと分かってはいつつも本音でもある。大人になれば取り繕うことはできても、人の考え自体はそう簡単には変わらないのだろう。実際、こう書いてはいても、言葉にしてしまったことを反省はしても、思想そのものに関して責める気にはなれていないのだ。それは私を形成する私自身を否定する行為に他ならないからなのだろう。もっと深く掘り下げて、この思想自体どこから入ってきて自分自身の中で咀嚼されたのか考えていけば反吐が出るのかもしれないけれどそこまでやるのはやめておいて今日は書き留めておくだけにしておく。そんな気分。