華麗なるアジアンスクワット

初めての体験はソワソワするものだ。

私の場合、日にちが決まっているものに関しては約一週間前からソワソワしだす。それまでは楽しみばかりが先行していたのに、日にちが近づくにつれて少しずつ不安が出てくる。増幅する不安は楽しみとの比率が5:5となり、前日には不安が上回ったりする。なんかずっと落ち着かない。ワクワクすることなのにドキドキソワソワ。あー、読書会に初めて参加した時も、初めて主催として読書会を開催した時も、同じ感じだったなあなんて思う。実際にやってみたら「良かった!」となることがほとんどだけれども。「それ」を知らなかった今までの私と決別し、「ネオな私」へと進化を遂げるときの通過儀礼なのだろう。今回の初体験もそんな感じで当日を迎えた。

私には無理だろうと思っていた。なぜなら触られるとくすぐったいからである。もうところかまわず笑っちゃうのだ。笑うだけならまだしも、耐えられなくて暴れ回るのだからたちが悪い。それなのに今回行こうと決意したのは、おすすめされたからである。とっても親切丁寧だったし気持ち良かったと絶賛されていたのだ。初心者にとって親切丁寧なのは非常にポイントが高い。推し本披露会で本を紹介されると読みたくなるのと同様、すすめられて俄然行ってみたくなったのだった。ここでネタに出来るなと思ったのも理由としては大きい。

当日、自宅からのルートをジーオオジーエルイー先生で検索する。自宅からは約二十分。十分前には到着しておきたいから三十分前には家を出よう。そう決意したのも束の間、私は食器洗いを始めた。出発までに時間があったからだ。洗濯機を回した。帰ったらすぐ干せるようにしておきたかったからだ。服を選び始めた。外へ出るために必要だったからだ。……おや、もう時間がない!やばい!あ、歯を磨くのを忘れてた!気づけば出発予定時刻だ。あ、髪の毛乾かしてない!あ、服にアイロンかけてなかったじゃないか間に合わない遅刻する!

ドタバタと準備をして家を出る。まあいつものことだ。出たあとに一度頭の中で持ち物の確認を行う。財布はある。財布さえあれば髪が濡れてようが服にシワがよってようがとりあえずは大丈夫だ。しかし、何か忘れている気がする。何だっけ?……ああ!そうだ、予約確認メールだ。予約は一週間前にした。予約承りましたの自動返信メールもきた。しかし、自動返信から2日以内に届くはずの予約完了メールが来てなかったのだった。本当に予約は完了していたのだろうか……?一抹の不安を抱くものの、今は時間がないので店へと向かう。お店の前にはぎりぎり2分前に到着。インターホンを鳴らす。……出ない。おかしい。やはり予約は出来ていなかったんじゃなかろうか。心配になってサイトにアクセスし電話番号を探す。電話する。出た。電波が悪く繋がらなかったりしたが、お店の人によると、やはり予約は出来ていなかったようだった。

私の心は折れかけた。

意気込んではきたものの、腰が引けてもいたからである。前屈みで腰が引けてる状態。つまりアジアンスクワット的精神状態でここまで来ていたのだ。アジアンスクワットについて気になる方は検索したらいいし気にならない方は検索しなくていいし知ってる方は前記事からの進化をとくとご覧いただきたい。私はもう幼稚な表現を使ってほくそ笑むような人間ではないのだ。大人なんである。

出発前にドタバタとしていたのも実はそのせいだ。「予約時間を過ぎてしまったからやめとくか」という言い訳にもならない言い訳を作るためである。そんな心理と、「いや、予約を直前にキャンセルするのは申し訳ないからちゃんと行かねば!」という心理と、2つの心理の狭間に揺れながら店の前まで来ていた。それが一気に「やめとくか」という心理へと傾いた。もう引ける腰がなくて地面にころんと転がる寸前だった。しかし、お店の方は言う。これから急いで店舗まで行くと。20分以内には用意してもらえるということで私は待つことにした。近くの本屋をぶらぶらし、時間になってからもう一度店を訪れた。今度は扉が空いていた。私はそろーっとお店の中を覗き込んだ。お店といってもマンションのワンルームをお店にしているところである。真っ先に目に入ったのはシングルベッドだった。
お店の人と目が合う。「すみません〜!」と謝られた。「いえいえこちらこそなんかすみません!」と互いに謝ったことで、自然と不安はなくなっていた。この人になら私の初めてを捧げてもいい。そう思った。
念の為、予約の確認を行う。お店としても、予約メールが届かなかったのはこれが初めてだったらしい。他の人にも同様のことが起きないよう一度確認させて欲しいとのことだった。私はサイトの予約フォームから予約したことを伝え、自動返信メールも来ていたことを伝えた。携帯を変えたタイミングで設定が上手くいってなかったかもしれないとのことだった。特に私は怒ってもいなかったのだが、遅れたお詫びとして60分予約だったものが80分に延長してもらえることとなった。私はお礼を言った。

お店の人に促されベッドにうつ伏せの状態になる。いよいよだ。トラブルもあったものの、ようやく私は「ネオな私」になれる。靴下にタオルがかけられ、「いきますね」という掛け声とともにそれは始まった。

グリグリ。

「だいぶお疲れのようですね」

グリグリ。

「あまり寝れてないようですね」

「あ、分かります?そうなんですよ、去年までは一回寝たら朝まで起きなかったんですけどねー。今は2、3回起きないといけないので」

「お子様がいるとそうなりますよね」

グリグリ。

「最近お仕事などで考えることが増えてますか?」

「それも分かりますか!そうなんです、コロナで変わったことも多くて」

グリグリ。

「鼻が詰まってますね」

「昔からですね〜」

グリグリ。

「内臓もみてみますね。……だいぶお疲れのようですね」

「痛たたたたたた!」

グリグリグリグリ!

私はひたすら足の裏をグリグリとされていた。親指の爪の周辺や付け根、土踏まずにかかとなどなど、ひたすらグリグリとされた。い、痛い!最初から最後まで痛かった。芸人がするような派手なリアクションをするまではないけれど私は枕を濡らしかけた。芸人のリアクションは大げさだと思っていたが、あながちあれはそうとも言い切れないかもしれない。ひたすら静かに耐えるよりも、喋ったり声を出しているときのほうが痛みを意識せずに済む。

気がつけば60分はあっという間だった。残り20分は肩か腰をやってもらえるということで、私は腰をお願いした。触られるとくすぐったかった。くすぐったいのが痛さに変わるらしいが、今回ばかりはくすぐったさの方が上回った。声をかけられるたびに笑って答える私。足の裏やふくらはぎは大丈夫だったものの、やはり腰は笑ってしまうようだった。

最後に肩も回して、私の「足つぼ初体験」は無事に終わった。

あまり自覚はなかったのだが、目と鼻と頭と肝臓と胃と肺と膵臓と腰が悪いという結果だった。足の裏をグリグリするだけで言い当てるのだから凄い。目は1.5倍ほど大きく開くようになった。血の流れが良くなった気がする。おすすめしてくれた妻の言葉通り親切丁寧な対応もしてくれて大満足な一日を過ごすことができた。

「今年はコロナがあったからねえ」で終わりそうな一年から、「今年はコロナがあったけど、初めて〇〇ができた」をまた一つ増やすことができた。この体験によってコラムも一つ、いや前ふりの前記事も含めると二つも書けた。一つ体験してみたことで次は他のお店にも行ってみたいなという気持ちも芽生えてきた。良いことずくめである。

次は悟空のきもちに行きたいなと思っている。

予約殺到で行けるかは分からないが、絶頂睡眠はやはり一度は体験してみたいもんである。

おわり。