一人反省会

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私は反省している。

文学フリマ東京の余韻が残る中、私はこのホームページに載せてきた過去のコラム記事を読み直していた。次の出店に向けて何か使えるものはないかなと思ったのである。しかし、ここにあったのは、あまりにも品のない記事ばかりだった。これらのお下品なコラムについては好き嫌いの分かれるものであろう。別にそれでもいいやと量産してきたのだが、いつしかそのような記事ばかりになってしまっている。これまでは読書会のお知らせや開催レポートで埋もれていたコラムだったが、読書会が休止のため、お知らせもなく開催レポートもない。そのような状況では相対的に目立つ存在となってしまっている。これはいかん!

いっそ蓋をしてしまうというのも手だ。お下品封印。しかし、そうなると一年以上更新が途絶えてしまう可能性がある。私の頭の中は結局のところお下品なものばかりで溢れているからだ。ならばどうするか。やはり、こうするしかないだろう。

私はここに宣言する。

お下品なものはオブラートに包むことを!

過去のコラムは消さない。もはや黒歴史ではあるが、これもまた一つの物語だからである。とかなんとかいってこっそり消してるかもしれないが……あ、スクショはやめてえええ!

何故急にこんな風に思うようになったかというと、とある番組でとある人がとあることを言っていたからだ。その人は「ファンの人が自分たちのことを堂々と好きと言えるように頑張りたい」と仰っておられたのである。それを聞いて私はガツンと頭を殴られたような気分になった。そして自分の過去の記事を読んで愕然とし、反省したというわけだ。

例えば参加してくださった方が周りの方々に「彩ふ読書会が好き」と言ってくれたとしよう。それなのに「あー、あのお下品な人が主催している会ね」なんて返された暁には申し訳なさしかない。私もその人も泣き寝入りするしかなくなってしまう。後悔しないのが私の流儀だが、そういう事態になってしまったらさすがに後悔の念が拭いきれない。私自身が彩ふ読書会の可能性を狭めてしまう事態になってしまってはいけない。

同時期に『新釈 走れメロス』を読んでいた影響もある。プロの作家さんの文章と比べるなどおこがましいにもほどがあるが、お下品なことをお下品と思わせない爽やかさとお上品さがあって、私は衝撃を受けた。これだ、これだよ!私はこういう表現がしたいんだよ!なんて思ったのである。別の作品では直接的な表現もあったが、そこには目を瞑っている。

とにもかくにも、これまでの私はまるで小学生だった。いや、中二病を患っている身としてはせめて中学生にしておこう。幼稚な中学二年生。思考を変えれるかどうかは置いておいて、オブラートに包むということを来年の目標にして精進していきたい。そして来年の年末くらいまでには高校生レベルに進学するのだ。

ところで、文学フリマ東京の参加レポートはまだ書けてないが、先にお知らせをしておこう。

文学フリマ京都に出店する!

1月17日、今度は関西在住の方とお会い出来たら嬉しい。間に合えばコピー本で新刊を出す予定だ。加えて、もし間に合うならば私個人でも何か出せたらとも思っている。通販についても先日の文学フリマ東京の様子を見てみてちょっと気になっているところがある。もう少し調べて、何かしらの手段を考えられたらと思っている。

また、読書会についても少し考えていることがある。まだお知らせ出来る段階ではないが、なんやかんやと動き出してはいるので……乞うご期待!