※ネタバレあり 『月と六ペンス』を読んで(課題本読書会の前と後)

2022年10月1日、東京で『月と六ペンス』を課題本とした読書会を行いました。

コロナ禍の影響で読書会を休止して以来、東京では約2年8ヵ月ぶりの読書会でした。午前は推し本披露会、午後は課題本読書会をやろうと決めていたのですが、何を課題本とするかは非常に悩みました。私自身コロナ禍のなか読書量が減ってしまっていましたし、これまで参加してくださった方々の中にも読書量が減ったという方のお声はお聞きしておりましたので、そんな中課題本にチャレンジするのは非常に難しいのではないかなーと……。なるべくページ数が少ない方が良いのではないか……とも考えたんですが、最終的には最近読んで最高に面白かったこの一冊を復活第一弾の課題本とさせて頂きました!光文社古典新訳文庫だと、あとがきも含めて433ページ!!いきなりハードな課題本でしたが、読書会当日は非常に楽しい会になったなと自負しております。

さて、今回タイトルにもしたように、課題本読書会前と後について書いていきたいと思います。読書会前に私一人で読んで感じたことと、読書会で出たご意見をまとめつつ私が感じたことなども加えて書いてみます。以前『消滅世界』や『虐殺器官』でやってみたんですが、これをやると頭の整理にもなって当日さらに楽しい!ってことが分かったので、出来るときにはやってみようかなと思っております。

ちなみに『消滅世界』Verはこちらです。

▶※ネタバレあり 『消滅世界』を読んで(課題本読書会前)

▶※ネタバレあり 『消滅世界』を読んで(課題本読書会後)

 

『虐殺器官』Verはこちらです。

▶※ネタバレあり 『虐殺器官』を読んで(課題本読書会の前と後)

課題本読書会は実際に参加してみないと面白さって伝わらないかなーとも思うのですが、ひとまずこの記事を「おお、こんな風に感じるのか!」みたいな感じで、前後編お読み頂けましたら幸いです。

では、前置きが長くなってしまいましたが、『月と六ペンス』に触れていきましょう。

えー、こほん。あ!ネタバレしますので、『月と六ペンス』をこれから読む予定の方はバックバック!

――――――――――――ここからネタバレ―――――――――――――――――――――――

1.読書会前

ではまず私が一人で読んだ時の感想を。

私は光文社古典新訳文庫出版、土屋政雄さん翻訳のものを読みました。土屋政雄さん訳のものは以前カズオ・イシグロの『日の名残り』と『わたしを離さないで』を読んでいたからか特に引っかかることもなくすらすらと読めました。

『月と六ペンス』は光文社古典新訳文庫の他にも岩波文庫や新潮文庫、角川文庫等から出版されています。私が気になっているのは新潮文庫。金原瑞人さんが翻訳されてますし表紙がめっちゃ好み!今回の課題本読書会には間に合いませんでしたが、いずれ買って読んで翻訳の違いなんかも楽しみたいなと思ってます。今回の読書会でも翻訳の違いを話題に出来たらなーと思っていますが、このパートを書いている時点ではまだ読書会を行っていないので、果たしてどうなったでしょうか(事前に考えてたことって当日たいていうっかり忘れちゃうんですよねー)

全体として、まずは面白かったです!何が面白かったのかと言われると一度立ち止まって考える必要がありますが、読み進めていくのが苦でもなく、早く次のページ、次のページとめくる手が止まらなかった感じです。

語り手である“私”の前置き(7~22p)だけでグッと惹きこまれました。これから描かれるストリックランドとはどういう人物なのか、ものすごく興味が沸いたのです。ストリックランドが再評価されたのは死後4年後(9p)ということで、生前評価されなかったストリックランドはどんな思いだっただろうか、どんな生活をしていたのだろうか、と気になりました。

16pくらいまでのストリックランドの紹介では批評家や出版社の名前が出てくるのですが、本当に実在してるのかしてないのか、してそうなリアリティで書かれていました(実在はしてないですよね?調べてないけど……)

一番魅力的だったのはやはりストリックランド。語り手である”私”の視点や、”私”が出会って聞き取った関係者からの話などでストリックランドの人物像を浮かびあがらせようとはしてるんだけども、結局当の本人の心理描写がないから一向に掴めた感じがしない。それもまた良くて、むしろ本人の心理描写は描いてほしくなくて、そこをこんなんだったんじゃないかなと想像しながら読んでいくのがこの作品の面白さの一つでもあるのかなと思いました。

ロンドンで安定した仕事もあって妻子もいたのに、何ですべてを捨てれるの!?と、彼の行動には驚きを隠せません。が、心のどこかでは何となく分かっちゃう気持ちもあるといいますか。私自身も全てを投げ出したい!ってときはあるんですよね。でも、何だかんだと考えて結局何も変えれないし変われない。それが多分皆さんにとっても普通な気もするんですが、ストリックランドは全てを捨ててパリへ行く、と。なんでしょうこの気持ちとしては「さすがストリックランド!おれたちにできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる!あこがれるゥ!」というところでしょうか。…といった感想は犠牲になった妻子もいるし不適切なのかも!なんて思ったりもしたんですが、ラスト辺りで夫人は「天才画家の妻」として取材に応じたりしてたりしてさすがちゃっかりしてるなーとも思えたので、それはそれでまあいいかとなりました。

この全てを捨ててパリへと旅立てるというところは、解説にもありましたが「創造の衝動の秘密は?」「内面」「芸術観」「何を表現したくて絵を描いていたのか」「家族はどのような存在だったのか」といったところが気になります。結局ロンドンで生活を送っていたとき、ストリックランドは何をどう感じていたんでしょうかねえ。ロンドン在住のときの真面目なストリックランドの描写は多分物語上書かれても善良退屈正直平凡と評価されているように面白くもなんともないんでしょうけれど、それでも読んでみたい気持ちはありますね。

ストリックランドは年齢的にも今後の人生が見えてしまっていたでしょうね。何か大きな出来事でもないかぎり、妻と子とこのままの生活が続いて、平穏な世界に恐怖を覚えたとかはあるかも?

私の場合、小説を読むときってだいたい誰かに感情移入して読むんですが、今回は主人公が語り手であるため感情移入しようにもしにくく、かといってストリックランドに感情移入もできず、読み方としては語り手である”私”の話を隣で聞いている一視聴者(読者)みたいな感じでした。語り手の友達みたいな感じ?

もしストリックランドが身近にいたら?ということを考えると、なるべく関わりたくない!って思ったりもするんですが、”私”のように魅力に惹かれて付き合い続けてしまうかも……とも思ってしまいました。もし現代にいてLINEとか送られたら未読スルーは多分できないっすね。語り手の”私”はもうやめときゃいいのにって思っててもストリックランドと関わっていくしやりとりでつい笑っちゃうしで、あまり感情移入しにくかったのはそこにあるかもしれません。

好きなシーンとしては、ストリックランド夫人から依頼されてストリックランドに会いにいくことになるところのシーンが好きでした。47pあたりからの、ストリックランド夫人に会う前にローズと出会ってしまい、ストリックランドが奥さんを捨てて逃げたことを知ってしまう。うわ、今会いたくない!と思っても会わないとそれはそれでまずいし、で、会ったら会ったで依頼されるし暇乞いするタイミングを伺ったり……”私”自身が巻き込まれていく様が面白かったです。ちなみに皆さんならこういうタイミングで知ってしまったらどうしますでしょうかね?

さて、パリ編に移る前にちょっとぱらぱらとページ順にメモってたところも書き出しておきます。

11pの「人類には神話を作り出す能力が生まれつき備わっている」というところは、確かに抜きん出た人には抜きん出たエピソードを求める自分がいるなーと思いました。

18pの「魂の成長のためには毎日いやなことを二つ実行しなさい」は誰の言葉か気になりましたが、確かに良い言葉だなーと思いました。。いやなこと二つ出来てるだろうかなーと。”私”にとっては朝起床して夜就寝するのがいやなことと書かれていて「ん?」となりました。生活習慣が違うのかしら。

19pあたりでいつ頃の話だっけ?となりました。「戦争が始まり」とあったし第一次世界大戦前後でしたっけ?

38pでストリックランドと初めての出会い。42pでは善良退屈正直平凡と評価している。そんな風に評価されるって……。

ここらへん読んでいるとき、あらすじ読まずに読み始めていたので夫人との不倫の話になるかと思ってました。こんな気軽に誘うー?

44pにある「危険に生きたいという欲求」は分かるなーと思いました。が、これは安定しているからこその危険を求めるではないかなとも思ったり。

62pの想像のくだりが面白い。「じゃ、ご苦労さん」

はい、ではここからはパリ編です。

パリに行って”私”とストリックランドがやりとりするシーンも読んでて楽しかったです。特に最初に二人がやりとりをする77〜90pのかけあいは面白い!どうにもストリックランドには勝てそうにないですし、何ならストリックランドのほうが正しいような気がしてくるっていう不思議。90pの「じゃ飯食いに行こうぜ」で”私”は落ちましたね、あれは。

71pの「誠実さにどれだけのポーズが含まれ、高貴にどれだけの野卑が含まれ、自堕落にどれだけの善良さが含まれているかを、私はまだ知らなかった」のフレーズがなんか好きでした

79pの「不幸などいずれ乗り越えるさ」はストリックランドが本音で言ってる感じがしました。

93pの「この人はフランス語が全然わかりませんよ」と教えてやると、女は身振り手振りに片言のフランス語を交え~(なぜ片言にすると通じると思ったのかは不明だ)というところに笑った。確かに片言になる。

105pのマカンドルー大佐夫妻とのやりとりは辟易する。なぜ女がいたことにしたいのか?芸術にいかれるほうが許せない?106pで警察が怖くて身を隠しておるのか、で何故希望の光を見出すか疑問。

115pはステータスあがるの?と不思議に思いました。

119pの「苦難が高貴な性格を作るというのは真実ではない。幸福が心の気高さを生むことはときとしてある。だが、苦難は、だいたいの場合、人を狭量にし、意地悪くする」はうんうんと頷きながら読みました。

119pでストルーブが登場しました。憎めない人物で好きではあるんだけれども、どうしてそこまで献身的になってしまうんだ……と見てられないところもありました。ストルーブ夫人がストリックランドに惹かれてしまったのも、出会わせなければそうならなかったのに、出会わせてしまった。ストルーブは自分で自分を苦しめているようで、端から見ていると「こうしたら良いのに!」と思うのにどうしようもできない分、辛いところがありました。

147pの「過去のことなど考えんな。重要なのは永遠につづく現在…それのみだ」という言葉が響く。つい過去にとらわれがち。

ここらへん全体的になんか匂い?のようなものを感じました。砂の女を課題本としたときに「砂が気持ち悪い。ずっとざらざら感があってまとわりついてくる感じになった」といった意見があったことを思い出しました。特に169pあたりからの不穏な空気。どうしたって悪い予感しかしない。この空気感、匂いみたいなのは皆さんも感じたかどうかお聞きしてみたいところです(って書いてて忘れてそう!!)

175pの段階でブランチには分かっていたんだろうなーと思いました。

188pで妻が出ていきましたが、ストルーブの行動がわかるようでわからない……ブレイディみかこさんの本にもあったように「他者に靴を履かせ」まくってて自己がないってことでしょうか。

ストリックランドによって妻、ストルーブ夫妻崩れてる

201pでストルーブが「生まれつき焼餅焼きなんだよ」と言ってる。ここの翻訳どうなってるのか気になる……。焼き餅って日本のイメージが強いのでパリからいきなり日本に戻された感。

206pの「看病で触れるということは微妙に作用する」のは仕事柄よく分かるなーなんて思いました。介護で利用者と触れることばかりですが、やっぱり親近感がわきますし。

220pの「大怪我は必至ということばかりやっていても、大半は、どこからか救いの手が差し伸べられて、愚行の責めを負わずにすんでいる」という表現うまいなと思いました。捨てる神あれば拾う神あり。

235pの「関係を絶ち、すべてを心から追い出してしまいたいという欲望」はわかる。自分にもあるなと思いました。

251pでストルーブがストリックランドをオランダに誘うのは何故誘う!?と意味不明になりました。255pの”私”も意味不明。もう付き合わなければいいのに……ストリックランドに皆崩されていってる。でもそうさせる魅力が彼にはある。

256pの「お世辞を覚えましたか。あなたも落ちぶれたものだ」は面白い。私とストリックランドのやりとりはやはり面白い!

262pの「わが身を犠牲にして自分を救ってくれようなんて男は絶対に許さんぞ」は、そうなの?と疑問。

271pでストリックランドはなぜ絵を見せる気になったのか?

279p画家への転身の理由は結局何なのか……。

286pの「虚構の非現実性」ってどういうこと?

ここからはタヒチ編(292p~)です。

313pの「失せろ、くそブタ」は本当は何といったのか気になる…。

330pの「生まれる場所を誤る人がいる」は印象的。

370pで「あとどのくらい生きられる」この言葉は出てこないなあと思いました。

395pでストリックランド夫人が出てきてちゃっかりしてるう!と思いました。

ここからは解説、あとがき。さらさらっと本編を読んでしまったからか、解説を読んでいて、「あ、これ解決してなかったんだな」と気付いたことも沢山ありました。上の方でまぜて書いたのでここでは省略しますが、読み応え十分な解説でした!419pで情景描写で時代を描いてることに気づき、いや、これはすごいなと、全然気づかす読んでたなーとまた読み返したくなりました。

……はい!

というところが、読書会前に私自身が気になってたところでした。的外れなところもあると思いますが、ひとまずメモメモ。詳しい方がいらっしゃれば是非教えて頂きたいなと思っている次第です。では、ここから先は読書会後に感じたこと等を書いていきます。

2.読書会を終えて

いざ読書会が始まると頭の中が真っ白になりましたね(いつものことです)メモをぱらぱらっと見返しながら喋ってましたが、話の流れと今見てるメモの内容が一致しないこともあり、結局は流れに乗りつつ、一旦話に区切りが出たときにメモの内容のどれかを発言するような感じでした。

読書会で多かったのはストリックランドについての意見でした。「ストリックランドが印象的だけど、魅力が分からない。ひどいのにモテるのはなぜ?取り柄があるわけでもないのに何で?」といったご意見があったり、「破天荒な生き方をしたら芸術を生み出せる。ちゃんとした生活をしていたら芸術は生み出せないのか」と、生き様についての話も出ました。私自身も読んだときにふと気になった部分ではありましたが、ご自身のお仕事に重ねてみて気になった方もいらっしゃったようでした。「ストリックランドは好きなことに専念できて憧れる」といったご意見もありました。

冒頭では“私”がストリックランドについて「偉大」だと書いているのですが、「ストリックランドは偉大だったのか?」といった意見もあり、私自身最初は引っかかったものの中盤辺りからは抜け落ちていた部分でした。

「ゴーギャンをモデルにしているということだが、ここまでクズじゃない。創作とごちゃまぜになっている」といったご意見もありました。ゴーギャンが好きな方や詳しい方が読むとストリックランドの印象もだいぶ変わりそうです。

この作品ではストリックランド自身の内面の描写がないため、本当のところ何を考えて行動したのかはさっぱりわかりません。ですが、色んな視点をまぜることでストリックランドの人物が浮かび上がってくる手法はやはり面白いですね。

「何故急に絵を描きだしたのか」といった点はやはり気になるところです。タヒチに行ってからは落ち着いていたストリックランドでしたが、「喧嘩をよくするが腕折られたりせんのかな…」と心配するご意見もありました!

作品全体としては「会話のテンポが良い」「面白かったが、何で面白かったのかは分からない」「古い翻訳の本を読んだので読みづらかった。訳が古い。炎上しそうな翻訳内容。船長の本当かどうか分からないという話はじゃあ載せるなよ、と思った」「大学生のときに読んで10年後に読んだが面白かった。タヒチ編が好き」「きれいな話のように終わっているが中盤見てみると、うーん、となる」といったご意見がありました。

タイトルについても話題となりました。月を「夢」六ペンスを「現実」とすると、「ストリックランドが絵を描くのは描きたいから描くということだが、認められたいとなると六ペンス」というご意見もあり、確かにな!と思いました。終盤にストリックランド夫人が出てくるのですが、これも何故最後に描いたのか疑問が出てきて、「六ペンスを描いているのでは?」といったご意見もありました。

あと、ストリックランドもやばいがストルーブもやばい!モデルはいる?といった話題にもなりました。

翻訳の違いについても話題にすることが出来ました!だいたいこれ話題にしよーと思うことは当日忘れてしまうタイプなので珍しい!

グループで持っておられたのは私の光文社古典新訳文庫、新潮文庫、岩波文庫、新潮文庫の1959年版。違いは楽しむことが出来ましたが、「〇ページの〇〇が……」という点については「あ、翻訳が違うからページ違うかもしれないですけど」と一言添えて話すことになりました。やはり同じ翻訳にするか、別々の翻訳でいくか、どっちが良いかはありますねー。ただ光文社古典新訳文庫には訳者あとがきの他に40ページ近くの解説がついていたので、解説部分を話すことも出来て良かったです。著者のモーム自身が同性愛的指向を持っていたという点は解説を読んで知ったのですが、この視点を持って読んでみると物語の流れに腑に落ちるところも確かにあったように思います。

物語をロンドン編、パリ編、タヒチ編と三つに分けたとき、どのパートが一番好きかという話にもなりました。私はパリ編が好きなんですが、やはりストルーブ夫人のこともあり、うーん、という方もおられました。タヒチ編は“私”以外にも色んな人がストリックランドについて語っていて良いという意見もありました。

気が付けば15時になり、読書会はあっという間に終わりとなったのでした。その後も少しフリートークでお話をして、会場を出てからはスピンオフ企画へ……。

『月と六ペンス』については以上です!

と、こんな感じで読書会前と後について感想と出たご意見等を書いてみました。

翻訳も色々と出てますし、『月と六ペンス』は他のも読んでみたくなりました。

私自身の何か考え方が変わるというよりは(そういうときももちろんありますが)自分一人では気づかなかった点に気づくことが出来たり、一冊の本でここまで喋れるのか!という発見がいつも面白かったりします。読んでみて何も思い浮かばなかったなーとか特に話すことはないかなーと思っていても、色んな人の意見を聞くだけでも楽しいですよ。

ちなみに『月と六ペンス』を課題本にした時の読書会のレポートはこちらです。

▶【東京】2022年10月1日(土) 推し本披露会&『月と六ペンス』課題本読書会レポート

以上で終わります。

お付き合いいただき、ありがとうございました!