人生は愛おしい

『ラ・ラ・ランド』を観た。これで3回目かな?繰り返して観たり読んだりする作品は数えるほどしかないのだけれど、『ラ・ラ・ランド』はその中でも大好きな作品の一つだ。

最初のシーンでもう泣けてきた。けれど、これは今回はコロナの影響が大きい。あれだけの大人数で踊る様はそれだけで凄いと感じていたのだけど、今はつい「あ、密だ……」って視点で見てしまう。少し前までは大人数で集まることが当たり前に出来ていたのに、今はそれが難しく、今では貴重だよなあなんて思うと泣けてきてしまったのだ。まあその後の展開を知っているからってのもある。ああ歯車が回りだしてしまったよ、的な?

人生、何が起こるか分からない。

これまでに体験してきた様々な感情を引っ張り出されてしんどくもあるけども、『ラ・ラ・ランド』においてはそのグサグサと刺さる加減が心地よかったりする。傷ついたり、苦しかったり、辛かったり、幸せだなと感じたり、幸せを幸せだとは受け止めきれなかったり、成長を感じられるときもあれば全然成長してないなと感じてしまうときもあったり。それら感情の全てが、人生が、愛おしい。そう思……えるくらいになれたら良いな!

『きみの中のぼく』という作品を読んだ。
Twitterでバズっていたらしく、それは知らなかったのだけど、いつもお世話になっている方がブログで紹介されていて気になって手に取った。1いいねにつき1日、365いいねごとに1歳年をとる赤ちゃん。まさかの29万いいねがついたため、なんと794歳!?一体どうなる?

100歳まではまあ描けるとしても、さて、そのあとをどうもっていくのか?気になるところはそこだろう。実際、私もそこが気になって手に取った部分はある。けれど、重要なのはそこじゃなかった。

とある赤ちゃんが1歳ずつ年を取っていく。その様を眺めるうちに、自分の年齢近くまでやってくる。ああ、自分はこんなことがあったなあなんて思いが生まれる。投影させたまま、その赤ちゃんは更に年を取っていく。感じることは読む人の年代によっても変わるだろうけれども、私自身は自分の人生の先を仮体験するような感覚があって少し恐ろしくもあった。と同時にどこか救われる話でもあった。夢、ということをキーワードにするならば、夢はいくつになっても叶えて良いのだ。叶えられなくとも、追いかけたことで開けることもある。人生を終えるとき、あんな風にありたいとも思えた。

『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』という漫画も読んだ。
これも『きみの中のぼく』と同じ方がブログで紹介されていたものだ。これは面白そう!と直感的に思い、一気に最新刊まで購入した。まだ3巻だけなので手に取りやすかったのも幸いした。自宅に届いてからすぐに読んだ。朝の出勤準備中や、夜の少し手の空いたときに手に取り、はやくはやくとページをめくった。手が止まらなかった。危うく遅刻しそうになった。読むのに夢中になる感覚は久しぶりだ。読書会をやっていた時にはたびたびあった感覚だが、ここ最近は読書自体が出来ていなかった。その中でも『銀翼のイカロス』と『恋文の技術』はすらすらと読めたので、もし読書から離れている方にはこちらの2作もおすすめしておきたい。ただし手紙を書く予定のある方は、『恋文の技術』は手紙を書いたあとに読むことをおすすめする。そうしないと多分に影響を受けるだろう。受け取った側がいつもと違った文面に驚くに違いない。

さて、『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』は精神科医の話だ。3巻までにパニック障害、うつ病、発達障害、双極性障害、摂食障害のひとたちが登場する。それぞれ病や障害があることを受け入れられなかったりするんだけれども、そんな人たちに主人公の精神科医ヨワイ先生は寄り添っていく。内容も面白いのだけど、何よりも精神科を受診することに対してのハードルが、この本を読むとぐっと下がる気がする。一話目を読めば分かるので、良かったら一話目だけでも読んでみてほしい。多分どっかに試し読みが出来るところがあるんじゃないかしらん。とにかく面白いので、続きも買っていこうと思う。

というわけで、ようやく映画鑑賞や読書をようやく楽しめるようになってきた気がする。コロナ禍ということもあって浮上したり沈んだりと穏やかでない日々が続いているんだけれども、それらひっくるめて、やはりこう言えるようになれたらなと思う。

人生は愛おしい、と。