【大阪】小説風主観レポート“ヅカツドウ〜宝塚DVD鑑賞会”

■オープニング

カラオケボックスの中は異様な熱気に包まれていた。

季節は冬。暖房はつけていない。むしろ途中からは冷房をつけている。それなのに、部屋の中は熱気しかない。外に出た方が断然涼しい。気がつけば18時。12時から開始された催しは、既に6時間近く経過している。あと少しで終わりを迎える。寂しい。とても寂しい。当然ながらその気持ちの方が強いのだけれど、ほんのりとこうも思う。

「時が来た。ようやく解放される時が」

我々の体力は限りなくゼロに近づいている。それは間違いない。誰もが疲労の色を隠せていない。レベル1で望んだヅカツドウはそれほどエネルギーを消費する活動であった。
しかし、消費した分の達成感も存分に味わわせてもらっている。まるでフルマラソンを終えたあとのような気分だ。私はフルマラソンを走ったことはないのだが。

新鮮な空気を吸いに、一度外へ出る。

ふと、このまま逃げ出したい衝動に駆られる。しかし、こうも思う。限界の先には何かがある、と。それが何なのかは分からない。しかし、その世界を見てみたいという衝動が、逃げ出したい衝動を上回る。きっと、何かがあるはずなのだ。何かが。そう思わずにはいられない。

5分ほど休憩したのち、私は戦場へと赴く兵士の心で、再びカラオケルームの扉を開いた。

限界のその先へ、いざ!

 

・・・・・・おかしい。

 

何が、何があったんだ。

 

休憩中に一体何が……?

 

 

■第一幕

これまで目にした事のないもの、体験したことのないものにはどんどん挑戦していきたい。

そんな心持ちでいる私が、まだ体験出来ていないものがあった。

宝塚歌劇団だ。

兵庫県に住みながら、宝塚には無縁の人生を送ってきた。テレビ等で目にする機会はある。それそのものが在るという事は知ってはいたし、そこかしこに導く手もあったはずだ。しかし、それまでの私にはとんと機会がなかった。偏見は持たないようにしているし、ステレオタイプなことを言うつもりもないけれど、「宝塚は女性が楽しむもの、女性しか楽しめないもの」という偏見は、僅かばかり持っていたのかもしれない。ファンの方々にその気配を察知されていたのか、これまでお誘いを受けることはまるでなかった。

2018年9月に開催した漫画限定読書会で、二つの作品がオススメ本として紹介された。

「タクマとハナコ」と「ZUCCA×ZUCA」だ。

はるな檸檬さんの著書で、どちらもヅカオタ(宝塚オタク)を題材とした漫画だ。宝塚自体ではなく、ヅカオタがメインの漫画。何て面白そうな作品なんだと私の心は躍った。

とはいえ、それだけでは作品を読むまでには至らなかっただろう。図書館にあるようには思えないから、読むには本を買うしかない。タクマとハナコは全2巻。ZUCCA×ZUCAは全10巻。買うかどうか。さあ、どうする?と、躊躇している間に月日が過ぎていったのだが、それからしばらくしてタクマとハナコを貸して頂ける事になった。読んだらハマると分かっていたら案の定ハマった。いやはやこれは面白い。続けてZUCCA×ZUCAもお借りして読ませてもらった。専門用語は多すぎて分からなかったものの、「明日海行く?」「行くううううう!!」と行くつもりもないのに特定のワードに対してセンサーが反応してしまい即答してしまうという生態系に妙な親近感を覚えた。ヅカオタではないけれど、似た性質の持ち主が近くにいたではないか。そう、嫁だ。私はこの二作品を見ながら、ここに描かれている人物像はまさに嫁だと思った。私にとってはヅカオタ漫画ではなく、嫁観察日記だったのだ。

 

2018年11月19日。
彩ふ読書会では「彩読LINEコミュニティ」が作成された。
読書会だけでは語り足りない方々の交流の場として作られたグループLINEだ。

一つの大きなグループLINEから派生して様々なブカツが作られている。ヅカ部〜TAKARAZUKA FOREVERもその一つだ。当初は「ヅカ部」としていたものの、のちに副題として「〜TAKARAZUKA FOREVER」が付け足され、「この愛よ永遠に -TAKARAZUKA FOREVER-」がテーマソングとして決定した。

LINE上のトークにより、ヅカ部の活動=ヅカツドウと命名された。部長のアツい思いに応えるように、宝塚好きな方や、宝塚初心者の方々が集まり、現在部長含め11名のメンバーが所属している。私も入部時点では全くの知識ゼロだった。それから「タクマとハナコ」と「ZUCCA×ZUCA」を読んではいるものの、全くのレベル1初心者状態である。しかし、そんな初心者でも受け入れてくれる優しいブカツとなっているので、是非とも入部を検討して頂きたい。

 

2019年1月13日、日曜日。
いよいよ第1回目のヅカツドウが行われた。
集合場所は紀伊國屋梅田本店。彩ふ読書会としてはもう三回使用した集合場所だ。私自身も二回目だったので迷わずに行く事が出来た。女性4名、男性3名の計7名。男性3名は宝塚の観劇経験はなく、知識もほとんどない。サークル活動のお知らせに持ち物「宝塚への好奇心」と書かれていたように、宝塚への好奇心からやってきた初心者メンバーであった。

向かうはカラオケ店。

この時、私たち初心者メンバーは気づいた。

足の早さが尋常じゃない、と。

追いつくのに必死であった。私たちの方が歩きやすい靴を履いていたはずなのに、である。更に言えばヅカ部の部長はかなり重い荷物を持っている。それなのに私たちよりも早い。アドレナリン全開である。翌日筋肉痛になるやつだ。これから起こる展開に一抹の不安を覚えながらも、私たちは急いで後を追った。

カラオケ店に到着し、部屋の中へと入る。しかし、誰もマイクを握ろうとしない。それもそのはず。

私たちは歌いに来たのではない。

会いに来たのだ。

タカラジェンヌに。

 

 

最初の鑑賞が始まった。

部長が開口一番こう言った。

「ベルサイユのばらは御覧なさいから始まります」

初心者の私たちは耳を疑った。御覧なさいとは、どういうことでしょうか?とは、聞けない雰囲気の中、有無を言わさず始まるベルサイユのばら2013年月組公演。

御覧なさいが始まった。

・・・・・・あ、なるほど!

御覧なさいとはこういう事なのか!と、理解する。これはまさしくZUCCA×ZUCAと同じ手法であった。先に疑問符を打ち込んだ後に、解説が入って意味が分かる。それと同じだ。さらっと流されるよりも、より強く印象に残る手法なのかもしれない。疑問符を打ち込まれすぎた某メンバーは「あの時は防戦一方だった」とのちに語った。ガードの下をくぐり抜けてくる、とも。私は笑いながら頷いた。

ベルサイユのばらの内容についてはここには書かないが、とにかく感情を揺さぶられた事は間違いない。抵抗感などなく、純粋に楽しむ事が出来た。ツッコミながら鑑賞される方々を見ていて、その世界観を全て受け入れなくても良いんだな、という事にも気づいた。おかしな所はおかしい。けれどそれがなければ宝塚じゃない。とでも言うのだろうか。感動のシーンでは涙を流し、ツッコミ所では笑いが起きる。一人で観ている分にはどう処理して良いのか分からないシーンも、皆で観ていれば何となく分かる。詳しい方からの解説も付いてくるし、何て贅沢な時間だろう。歌も衣装も素晴らしく、どんどん先を知りたい欲求が深まっていくのが自分でも分かった。

 

担々麺がやってきた。

 

物語の中ではなく、カラオケルームの中で、だ。

 

私が注文した品だ。物語は終盤にさしかかり名シーンばかり。これはバッドタイミングと言わざるをえない。何故、このタイミングだったのか。空腹には勝てなかったと言わざるをえない。私以外にも丼ものを注文した方はいたのだが、麺類は私だけだった。故に一番初めに私の分だけが届いてしまった。部屋の中がざわつく。

さすがにこのシーンでズルズル・・・はまずい!!涙を流すメンバーもいる中で麺をすする。想像しただけで、それが更なるカオスを生むことが明らかな状況において、私はそのスイッチを押すことだけは出来なかった。麺をすする音なのか、鼻水をすする音なのか、ぐっちゃっぐっちゃになればどうでも良いじゃないかという誘惑に駆られつつも、さすがに押せなかった。担々麺は混ぜるだけにしておき、続きを観る。

 

しばらくして店員さんが丼を持ってきた。

 

部長は泣いていた。

 

バッドタイミングである。

 

お気の毒に……。店員さんに対して、そんな言葉しか思い付かない。何か他にかける言葉はないかと頭の中を検索しているうちに、店員さんは「ごゆっくり……」と言いながらそそくさと扉を閉めた。

 

無事に揃った所で、皆でご飯を食べつつ視聴を続ける。

 

そんな時、ふと初心者仲間だったはずの一人が言葉を発した。

 

誰それさんの顔は分かった、と。

 

え、何だって?

 

突如レベルを爆上げした男性は、「防戦一方だった」とのちに語った彼である。私は激しい焦燥感と嫉妬にかられた。あれだけ推し本は覚えられるというのに、タカラジェンヌの顔と名前がまだ一致していなかったからだ。宝塚おとめと映像を交互に眺める。しかし、顔が違っていてさすがに分からない。

 

ベルサイユのばらを観終わった後にはタカラヅカニュースが流された。次にDAMの本人映像鑑賞。ZUCCA×ZUCAにも出てきたEXCITERやソーラー・パワーも鑑賞し、これがあの有名な・・・・・・と感動する。

 

部長より、ヅカ部〜TAKARAZUKA FOREVERのテーマソングが「この愛よ永遠に -TAKARAZUKA FOREVER-」であると正式に告げられる。衝撃の事実として知るメンバーたち。我々は読書会がメインの集まりだ。そして私自身は主催のはずだ。だが、告げられたその瞬間、誰もがこう思った。

 

「歌を覚えなくては!課題本読んでる場合じゃねえ!」

 

と。そのような空気に包まれていたことは間違いない。

 

12年月組Misty Station―霧の終着駅―を鑑賞。

 

終えた頃には時刻は18時近くとなっていた。

 

フリータイムは19時まで。ようやく終わりが見えてくる。

 

あと少しで終わりを迎える。

 

寂しい。とても寂しい。当然ながらその気持ちの方が強いのだけれど、ほんのりとこうも思う。

「時が来た。ようやく解放される時が」

我々の体力は限りなくゼロに近づいている。それは間違いない。誰もが疲労の色を隠せていない。レベル1で望んだヅカツドウはそれほどエネルギーを消費する活動であった。
しかし、消費した分の達成感も存分に味わわせてもらっている。まるでフルマラソンを終えたあとのような気分だ。私はフルマラソンを走ったことはないのだが。

新鮮な空気を吸いに、一度外へ出る。

ふと、このまま逃げ出したい衝動に駆られる。しかし、こうも思う。限界の先には何かがある、と。それが何なのかは分からない。しかし、その世界を見てみたいという衝動が、逃げ出したい衝動を上回る。きっと、何かがあるはずなのだ。何かが。そう思わずにはいられない。

5分ほど休憩したのち、私は戦場へと赴く兵士の心で、再びカラオケルームの扉を開いた。

限界のその先へ、いざ!

 

・・・・・・おかしい。

 

何が、何があったんだ。

 

休憩中に一体何が……?

 

 

扉をあけ目に飛び込んできたのは、立ち上がった女性たちの姿。

 

 

部屋に残っていた六人の内、三人もの人が、立ち上がっている。

 

 

一体、何があったのだ。

 

 

一瞬折れかけた心を立て直し、カラオケルームの中へ入る。三人も同時に座った。既に何かを終えた後だったようだ。

 

 

私は決断した。

 

 

あえてその話題には触れないでおこう、と。

 

 

 

■第二幕

人は窮地に立たされた時、加速度的に成長を遂げる。

タカラヅカのシャワーを浴び続けているうちに、私も徐々に顔と名前が一致し始めていた。あ、あの人はベルばらでアランをやっていた人だな、あの人はベルナールだった人か、とか。次第に結び付いてきた。

まさに防戦一方ではあったが、そこまで抵抗感があったわけでもない。まあ抵抗感があったらそれこそ苦行だったであろう。体力の消耗はあれども、心地の良いひとときであった。

合間合間に誰かが立ち上がるという謎の行為はそれからも何度かあったが、私は華麗にスルーした。

最後の鑑賞は、グループLINEでも盛り上がっていた18年月組BADDY。普段の宝塚とは少し趣向の違ったものらしく、ショーではあるけれど台詞もあり物語仕立てになっているという事だった。

最初に観た13年べるばらに出てきた人たちが再び登場。不思議と顔が分かるようになっている。たった数時間前の事なのに、つい「おかえり」「ただいま」と無言のメッセージをやりとりしたくなるような、そんな嬉しい再会(無論一方的なやりとりに終わるのだが)

そしてこのBADDYは男性ファンを増やすには格好の作品だと感じた。かといって、いきなりBADDYから入っていたら「宝塚ってこんな感じなのか」と思ってしまうのかもしれない。今回のようにべるばらから入り、最後にBADDYで締めるという流れが男性ファンを獲得するには良いのかもしれない。

 

七時間に及ぶ、フリータイムという名の宝塚強化日間は終わった。

 

やり遂げた……私たちにもやり遂げることが出来たのだ!

 

歌も衣装も素晴らしい。男役は男性にしか見えないし、娘役はより女性らしく華やかだった。そして限界の先に見えたのは、ただの底なし沼だった。

 

今回は月組をメインとして観たので、他の組はどんな感じなのか気になって仕方がない。しかしそれを始めると待っているのは沼だけだ。

 

華麗にスルーしていた件に関しては、血流回復のための花組ポーズだったのだと知った。何故スルーしてしまったのかを悔いる段階にまで私は達していた。

 

限界の先を知ることが出来て良かった。今日は良い夢が見れそうだ。これから先、沼にはまるかどうかは分からないが、今日ここら辺で終える事が出来たのは僥倖というにふさわしい。

しかし、毎度のことながらこれだけでは時間が足りない、と感じてしまうのも確かであった。まだ時間はあるにはある。「このあとどうする……?」という空気感が漂った。達成感は既にある。一日で到達できる限界の先にも到達した。ここから先は限界の先の先。最早そこに挑戦する体力は、ない。

 

 

そんな中、誰かが決定的な一言を発した。

 

 

「飯行きます……?」

 

 

誰でもない、それは私だった。

 

 

 

 

■フィナーレ

パソコンの前でカタカタと文章を打ち続ける。

あのあとお馴染みのキリストンバーで二時間過ごし、帰宅は22時を過ぎていた。キリストンバーで何を喋ったのかは正直覚えていないのだが、謎解き部やJOJO部、初体験部など他のブカツの話題にも派生していったはずだ。今回私は完全なる一参加者の気分で参加させて頂いたのだが、学ぶ事の多い回であった。

これだけ初心者に優しいコミュニティがあるだろうか。

宝塚ファン同士が楽しむ場はあるはずだ。ある一定のレベルに達したら楽しめる空間。そこに到達すれば、遥かなる世界が広がっている。しかし、私のように「ちょっとだけ興味はあるけど踏み出す機会がなかった」人たちにとって、やはりファン同士のコミュニティはハードルが高い。自分自身に語れるものが何もないからだ。それでも良いよ、という空間はやはり居心地が良い。疑問が沸き起こった時に即座に解説やパンフレット、宝塚おとめが出てくるのもお見事。かゆいところに手が届きまくりだった。

初心者~沼までの導線を作って下さったヅカ部部長には感謝しかない。

あとは沼にハマるかハマらないか、それは各々の問題だ。それより何より導線があることが重要なのだ。

 

とにかく濃密な一日となった事は間違いない。

 

今後の開催も楽しみだ。