そんなことよりおっぱいの話をしようぜ!⑨Fina2

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Huluで『さよなら たりないふたり〜みなとみらいであいましょう〜』という番組を観た。

南海キャンディーズの山ちゃんとオードリー若林さん二人の番組だ。最初は『たりないふたり』というタイトルで2012年に放送され、2014年に続編として『もっとたりないふたり』と『山里関節祭り』があった。山ちゃんが結婚したのを機に約五年ぶりに二人が揃ったのが『さよなら たりないふたり〜みなとみらいであいましょう〜』という番組だ。ずっと追っかけてたわけではなく、たまたまHuluで見つけて知っただけなのだが、最初の『たりないふたり』が面白すぎて続編まで一気に観た番組だった。つい最近またHuluをチェックしてみたら今回の『さよなら たりないふたり』を見つけて即座に視聴したというわけである。正確にはライブなのだが、テレビでも放送されたようだ。Huluには完全版もあって、3時間もあったが一気に観てしまった。

山ちゃんも若林さんも今やゴールデンでMCをやったり本も売れたり超人気なお笑い芸人だ。けれど、二人に共通するのは人見知りだったという事。社交性も、恋愛も、社会性も足りない二人というわけだ。そんな二人がコンプレックスを生かした漫才やコントを披露するのだから面白くないはずがない。実際、めちゃくちゃ面白いのでぜひ観てもらいたい。

私も人見知りである。そのため、2012年の一番最初の番組で取り上げるネタには非常に共感した。特に参加したくない飲み会の切り抜け方が面白くて、グッと心を掴まれた。続編の『もっとたりないふたり』では二年が経っていたので、二人とも良い意味で変わっていたけれど、やはり面白いのは変わらなかった。

続編から五年。お笑い芸人として突き進んできた二人は更にパワーアップしていた。その場でネタを作り漫才を披露するという企画で、即興でやっているのに息が合っていてやはり面白い。けれど、違和感もあった。それは番組の途中で山ちゃん自身が気づいた点だ。

山ちゃんはこれまで嫉妬を原動力としてきた。みっともないところや情けないところもさらけ出し、たりない部分を面白おかしく笑いに昇華してきた方だ。そんな山ちゃんが結婚をした。世間的には結婚=幸せというイメージがある。結婚という変化は、山ちゃんの芸風に直接関係してくる。見る側の印象が変わってしまうからだ。嫉妬ネタを披露しても、観る側からは「そーは言っても蒼井優でしょ。幸せでしょ!」という冷めた目で見られてしまって純粋に笑ってもらえないのだ。

オードリー若林さんはライブの中でその部分を見事に引き出していた。引き出したというより、首根っこを掴んで強引に引っこ抜いたような感じだった。彼だからこそ、そして、たりないふたりという番組だったからこそ出来た事のように思う。後半、山ちゃんの空気が明らかに変わった。山ちゃんは若林さんのおかげで吹っ切れたように見えた。自身で「これからだ」と語っていた。

結婚したり、子供が生まれることは家族や職場の人に伝えなければならない。色々と手続きもあるし隠す事は出来ないので、どうしても周りに知られる事になる。知られた途端、周りの見る目は面白いほどに変わる。結婚した当の本人は結婚した瞬間から変わるわけではないし、子供が生まれた瞬間から変わるわけではない。それは自分自身で分かると思う。けれども、周りの見る目はすぐ変わる。根っこの部分は変わっていないはずなのに「しっかりしてきたね」なんて言われたりする。言われ続けているうちに「そうなのかな」なんて自分でも思うようになってしまって、周りの期待する人物像に寄せて行ってしまう。特にテレビに出ている人たちは色んなイメージを持たれて大変なことだろう。

何が言いたいのかというと、変化に合わせていく方が良いのか、合わせないでそのままいく方が良いのか、私自身もちょうど悩んでいた時期だったということだ。悩んでいたからこそ、『さよなら たりないふたり〜みなとみらいであいましょう〜』の山ちゃんを見ていて非常に考えさせられる所があった。どこまでいっても根っこの部分は変わらないだろう。けれど、取り繕うことはできてしまうのだ。自分の今のイメージに寄せて。そうした方が良いのかどうか今私は非常に悩んでいた。そういった記事を書いたほうがウケが良いのではないかとそんなことよりおっぱいの話をしようぜ!!

 

 

 

 

 

おっぱいおっぱい!

 

 

おっぱい記事第九弾である。

前回、前々回と姑息な手段を使って終わらせなかったこのシリーズ。とうとう第九弾となった。第八弾を書いたのは去年の11月。何と5ヶ月も間が空いてしまった。皆、待たせたな!!

今回はこの記事を書くために真面目な記事を10個書いた。いわゆる「いかがわしい本を真面目な本二冊で挟んでレジに持っていく」という手法である。記事をアップしてしばらくは最新の投稿に載ってしまう。第八弾までは超希少生物である彩ふ読書会マニアの方々だけでなく、読書会ってどんなのかな〜と興味を持ってホームページを訪れて下さった方々にまで晒してしまっていたのだった。非常に悪い事をしたなと反省している。人と人が関係性を深めていくのには段階ってえもんがある。いきなりこんなものを読ませられた暁にはソッ閉じが間違いなく正解である。私は本当に反省している。後悔はしてないが。

最新の投稿は10個しか載らない。そこで今回はこれまでの反省を活かし、この記事を書いた後に10個記事をアップする事にした。最新の投稿から消せば、この記事を読む方は限られてくる。ホームページのコンテンツを減らした事により、導線もほぼ消えている。このおっぱい記事はアップした直後に埋もれるという構図だ。夜神月もびっくりの「計画通り」である。

そうそう、埋もれるといえば、私は少し最近悩んでいる事がある。この5ヶ月の間に新たな勢力が私の中に加わった。そう、皆さんご存知のタイツである。詳しくは年始の記事をご覧頂きたいのだが、要はおっぱいとタイツという二つの性癖が私には内在している事に気づいてしまったのだ。

どちらがより好きなのか。

普段ならば、別にどっちも同じくらい好きで済ませられる事ではある。しかし、ある場面ではどちらかを選ばなければならない。

それは、私自身の最後の時。

死ぬ瞬間をどう迎えるかという時である。

これまでの理想は「乳に埋もれて死ぬ」一択だった。しかし、「タイツの足に踏まれて死ぬ」もなかなか良いな、なんて思っちゃったのである。まさかの事態。これは重大な問題である。そう。

 

 

 

 

 

 

 

乳に埋もれて死ぬべきか

タイツに踏まれて死ぬべきか

それが問題だ。

 

 

 

いずれ来るその時までに、この問題には決着をつけておかなければならない。一人の女性に二つの事をお願いするのは体の構造的に不可能である。

課題はいくつもある。

そもそも、最後を迎える時にそれが許されるかどうかだ。誰かが亡くなった時、周囲の人間は悲しい顔をするのが常識というもんであろう。本人の希望だからといって、乳に埋もれさせるかタイツで踏みつけるかして最後を迎えさせるなんて、そうそう出来る人はいるまい。まあ不謹慎な行為であるからこそ背徳感もあるとは思うのだが、今の時代、やはり不謹慎すぎて許されないだろう。いや、むしろどの時代でも許されないだろう。もし許される時代があるのならば私はそこに行きたい。タイムトラベルしたい。タイムトラベルするにはタイムマシンが必要だ。そう、私はタイムマシンを作らなければならないのだ。

どうやってタイムマシンを作るか?

やはりここはまず知識を得るべく読書せねばなるまい。読書会で紹介してもらった本の中にもタイムトラベルものはいくつかある。そこにヒントがあるのではないか。よし、読書だ。読書をしよう。寛容な時代についても調べる必要があるから、これもやはり読書が必要だ。いやー、大変だ!読まなければならない個人的課題本が沢山ありそうだ。読書最高!

さて、読書の結果、タイムマシンは作る事が出来た。寛容な時代にも無事タイムトラベルする事が出来た。としよう。

本当の問題はそこからである。どう相手を見つけるか、これが一番大きい。この行為は私一人では出来ないため、どうしても相手が必要なのだ。しかし、現代とは異なる時代、違う言語の世界にやってきたら挙動不審になるのは必然。私はタイムトラベル後まもなくして役人に捕まり、望んでもいない死を迎えてしまう事だろう。

 

……ん?

 

あかーん!!

 

これじゃあ全く望みを叶えられていないではないか!!……だめだ!ちょっと待ってくれ。どこから何を間違えた!?時を戻そう!

 

 

 

 

 

いずれ来るその時までに、この問題には決着をつけておかなければならない。一人の女性に二つの事をお願いするのは体の構造的に不可能である。

課題はいくつもある。

そもそも、最後を迎える時にそれが許されるかどうかだ。誰かが亡くなった時、周囲の人間は悲しい顔をするのが常識というもんであろう。本人の希望だからといって、乳に埋もれさせるかタイツで踏みつけるかして最後を迎えさせるなんて、そうそう出来る人はいるまい。まあ不謹慎な行為であるからこそ背徳感もあるとは思うのだが、今の時代、やはり不謹慎すぎて許されないだろう。いや、むしろどの時代でも許されないだろう。もし許される時代があるのならば私はそこに行きたい。タイムトラベルしたい。タイムトラベルするにはタイムマシンが必要だ。そう、私はタイムマシンを作らあ、ここですわ。

いやー、恐ろしい思考回路だ……このままの思考で行けば危うく別世界で死んでしまう所だった。どうせ違う世界に行くならば異世界が良い。異世界転生ならば何かしらのチートスキルを備えているに違いない。

さて、チートスキルを備えた状態で異世界転生出来た。チートスキルのおかげで世界も救う事が出来た。としよう。

本当の問題はそこからである。私はこの世界を気に入るだろう。気に入りすぎて死にたくなくなってしまうだろう。しかし、人間の寿命というものは限られている。これは異世界転生したからといって基本的には変わらないだろう。大体においてチートスキルは一つ。備わったスキルが不死だったならば良いが、その場合他のスキルがあるかどうか疑わしい。戦闘系スキルがなければたとえ不死であっても敵側に捕らえられ、実験体にでもされるであろう。不死だけは避けたいスキルなのだ。何か別のチートスキルでお願いします。

別の何かのチートスキルで世界を救う事が出来た後、私は不死を望むであろう。世界を救う前までは不要であっても、やはり必要なのだ。であれば、やる事は一つ。不死になる方法の研究である。しかし、である。英雄が不死を望む事はない。そんな事をすれば民衆から敵視されてしまうだろう。つまり私が今度は魔王になってしまうのだ。そして新たに転生してきたチートスキル持ちの勇者と戦い、望んでもいない死を迎えてしまう事だろう。

 

……ん?

 

あかーん!!

 

これじゃあ全く望みを叶えられていないではないか!!……だめだ!ちょっと待ってくれ。どこから何を間違えた!?時を戻そう!

 

 

 

いずれ来るその時までに、この問題には決着をつけておかなければならない。一人の女性に二つの事をお願いするのは体の構造的に不可能である。

課題はいくつもある。

そもそも、最後を迎える時にそれが許されるかどうかだ。誰かが亡くなった時、周囲の人間は悲しい顔をするのが常識というもんであろう。本人の希望だからといって、乳に埋もれさせるかタイツで踏みつけるかして最後を迎えさせるなんて、そうそう出来る人はいるまい。まあ不謹慎な行為であるからこそ背徳感もあるとは思うのだが、今の時代、やはり不謹慎すぎて許されないだろうあ、ここですわ。

いやー、恐ろしい思考回路だ……このままの思考で行けば危うく魔王になって死んでしまう所だった。別世界にも異世界にも行く必要はなかったのだ。現代の常識自体を変えてしまえば良いのである。何、簡単な事さ。まだ何十年とある。それまでに徐々に世間の常識を変えていけばいい。そう、人類皆乳か足で最後を迎えられるように。人類皆が望む最後を迎えられるように。

さて、常識は変わった。としよう。

本当の問題はそこからである。背徳感が得られないのである。もちろん、その行為自体に興奮を覚えるのは確かだ。しかし、非常識な行為というスパイスがなければ、それはカレーにクミンが入っていないのと同じなのである。乳で埋もれようがタイツで踏まれようが何か違うなって思いながら死を迎えてしまう事だろう。

 

……ん?

 

あかーん!!

 

これじゃあ全く望みを叶えられていないではないか!!……だめだ!ちょっと待ってくれ。どこから何を間違えた!?時を戻そう!

 

 

 

いずれ来るその時までに、この問題には決着をつけておかなければならない。一人の女性に二つの事をお願いあ、ここですわ。

いやー、恐ろしい思考回路だ……このままの思考で行けば危うく何か違うなって思いながら死んでしまう所だった。そもそも別世界にも異世界にも行く必要はなかったのだ。現代の常識を変える必要もなかったのだ。二人の女性にお願いすれば良いだけの事である!

さて、二人の女性にお願い出来た。としよう。

本当の問題はそこからである。私はその二人よりも先に死ななければならない。タイミングが非常に難しい。それと、この記事を子どもに読まれてはならないという事も問題としてある。もし気づかれてしまったら、この計画は即座に中止となる。むしろ彩ふ読書会のホームページ全削除の事態となる。もし急にホームページが消えたら察して頂きたい。こんな記事を書いておきながら、私は理想のパパで在りたいのだ。

他にも、うん、まあ色々と問題はあるだろう。理想の実現には多くの困難がつきまとう。しかし、私はやってみせる。課題が大きければ大きいほど、やる気を出すのが私なのだ。100年後が楽しみだ。

ところで、この記事を読んだ方はお気づきだったかもしれないが、先日『Re:ゼロから始める異世界生活』というアニメを見た。主人公が「死に戻り」というスキルを備えていて、死んだ場合、記憶を引き継いだ状態でタイムリープが出来るというものだ。主人公は何度も死を繰り返しながら危機を回避する。その中のシーンを見て気づいた事がある。乳に埋もれさせるか、タイツで踏みつけるか、この二つをどちらとも満たしてくれるものがあるという事に。

 

 

 

 

 

そう、膝枕である。

 

 

 

 

 

盲点だった。あまりにも盲点だった。

絵面的にも問題ない。周囲から非常識だと罵られる事もないだろう。膝枕で全てが解決するのである。別世界にも異世界にも行く必要はなかった。現代の常識を変える必要もなかった。二人の女性にお願いする必要もなかった。私は膝枕で最後を迎えられれば、それで満足だ……。
乳に埋もれて死ぬべきか、タイツに踏まれて死ぬべきか。ではなかった。膝枕に埋もれて死ぬべきか、膝枕に埋もれて死ぬべきか。一択だった。いつその日を迎えるのか。本当の問題はただそれだった。

ここまで書いておいてなんだが、もう解決してしまった。何だこの記事って感じではある。

 

 

 

 

 

時を戻そう!

 

 

 

 

 

いや、戻さない!

 

 

 

 

 

覆水盆に返らず、だ。

一度書いてしまったものは……もう元には戻せないのだ(面倒くさいともいう)

それにしても、ですよ。

こんな記事を書いているにもかかわらず、読書会に足を運んで下さる方がいるって、本当にありがたい事ですよ(急に真面目感)

読書会のために当たり障りのない主催者を演じた方が良いんじゃないかと思う時もある。けれど、参加して下さってる方々なら安心だなと思えるから、私もこうして好き勝手にやらせてもらえている。本当にありがたい。まあ、読まれてないだけってのもありますけどね。読まれないよう隠してるし←

いつもありがとうございます。

 

以上!

 

このシリーズも次回はいよいよ第十弾!まだ何を書くかは決まってないけれども、また何か書くでしょう!

 

それでは!

 

おっぱいおっぱい!

 

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