そんなことよりおっぱいの話をしようぜ!⑦ラスト

早いもので、彩ふ読書会を立ち上げてからもうすぐ二年になる。大阪から始まり、現在は東京、京都でも毎月開催するようになった。名古屋は台風などでなかなかタイミングが合わず2018年11月のあと開催出来ていないが、今後また開催していきたい所だ。その他の場所でも開催をしていこうと思っている。

この二年間で印象に残ったエピソードは沢山ある。何せ読書会を始める前と後では関わりを持つ人たちがそれこそ桁違いに増えたのだ。人と人とが関われば自然とエピソードが生まれる。自宅と仕事の往復だった日々を考えると、今は桁違いに交流が増え、楽しい日々を送らせて頂いている。一周年イベントの時にも伝えたが、私が孤独感を覚えることはもうなくなった。今は彩ふに関わって下さっている方々が、居心地良いな~、ここが自分の居場所なんだな~と思って頂けるにはどうしたら良いかを日々考えている。

最初は緊張していた方がすごく笑顔を見せてくれるようになったなあとか。あの時の回にいた方が今はサポーターをして下さってるんだなあとか。久しぶりに参加してくれて、お顔を見てホッと出来たりとか。最近元気かなー?と私が勝手に心配している方とか。ふとした時に誰かの顔が浮かんで、その方の紹介していた本やその時の課題本が浮かんで、何か知らんけども頑張ろうって思える自分がいて。感謝の日々である。

私が誰かを想う、だけでは当然ながら知り合った全ての人に対して何か出来るわけじゃない。けれど、誰かが誰かを想い、その誰かもまた別の誰かを想い・・・・・・その輪が広がり、繋がっていくということが出来れば、また何か出来ることはあるんじゃないかなと思う。続けていく中で、何かしらのすれ違いが起こる事もある。例えばその場に二人いたとして、片方がめちゃくちゃ楽しいと感じていた時、もう片方の人は逆にしんどい思いをしているかもしれない。その場限りならば流してしまえるだろうけれど、続けていくには、互いに互いを想う気持ちがやはり必要だとも思う。まだまだ二年。色んな経験を重ねていく必要があるのではないかなと思う。

それはさておき、「時は動き出す」の記事にも書いたが、ようやくこれから先の予定も立てれるようになってきた。軌道修正する事も沢山あるが、とにもかくにも今後の予定をここに書いておこうと思う。先になればなるほど変わるかもしれないが、ひとまずこれが最新版である。

 

 

【大阪】
・10月から夕方にヒミツキチ@オックスフォードを開始している。ヒミツキチとは京都でいう所のオトナの学童保育であり、要は大人の遊び場である。10月はジョジョ会とフリートークテーブルで実施している。2020年1月までは続けていくつもりだ。好評だったら2月以降も続けていこうと思っている。やってみたい企画は随時募集中である。名称は仮称なのだが、名前が増えるとややこしい気もするので、もうオトナの学童保育で統一しちゃっても良いかなと思っている。

・どこかのタイミングで大阪でも夕方の部として「哲学カフェ」を再び開催する予定だ。前回はカフェフィロさんとの協力開催だったが、次回する場合は独自開催となる予定だ。是非参加ご検討頂きたい。

 

 

【京都】
・11月17日(日)の夕方、哲学カフェを独自開催する予定である。テーマは「自信はどうやったらつくの?」近日募集開始予定なので、是非参加ご検討頂きたい。

・12月15日(日)は「京都会場一周年パーティ」を予定している。内容についてはまたおいおいと!是非予定を空けておいて頂けたら幸いである。

 

 

【神戸】
・新会場として神戸会場を予定している。早ければ12月8日(日)から開始するので、是非ご参加頂きたい。他候補は1月13日(月・祝)、2月9日(日)、3月20日(金・祝)。

 

 

【東京】
・12月22日(日)は『東京会場ほぼ一周年半記念イベント』を予定している。内容はごにょごにょ・・・・・・是非予定を空けておいて頂けたら幸いだ!

・2020年2月23日(日)には飲み会をやろうかと思っている。それと、16:00〜18:00には京都・大阪で実施しているヒミツキチをやる予定だ。是非参加をご検討頂きたい。

 

 

【???】
・東京近辺にお住まいの方は、是非2020年1月19日(日)と2月11日(火・祝)の予定を空けておいて頂きたい。詳細は東京会場ほぼ一周年半記念イベントにて!!

 

 

【名古屋】
・まだ確定ではないが、2020年3月8日(日)にリベンジする!つもりだ!

 

 

【全会場共通】
・まだ一年先ではあるが、2020年11月か12月に『彩ふ読書会三周年記念イベント』を開催したいなと思っている。

 

 

さて、他にも色々と妄想している事はあるのだが、今回はこのくらいにしておこう。今日は他にも書く記事があるからだ。そう、先週の大阪読書会の開催レポートがまだそんなことよりおっぱいの話をしようぜ!!

 

 

 

おっぱいおっぱい!

 

 

 

おっぱい記事第七弾、である。

前回の記事は8月上旬だった。約三ヶ月ぶりとなってしまった。皆、待たせてしまってすまない。だが、待たせてしまった分、今回はいつも以上にしっかりと書くつもりだ。是非楽しんでいってもらいたい。ちなみに今日のテンションはローランド氏にただならぬ影響を受けている。何故かって?それはつい先日『俺か、俺以外か』という著書を読んで感銘を受けたからさ。吸収率の良さでは私は誰にも負けない。そう、雑巾以上の吸収率だ。絞ればすぐ放出されるのだけれども。

第一弾~第六弾の記事を再読したい方のためにリンクを貼っておこう。タグ付けもしているので、ページ下のタグをポチッと押して頂けたら順番通りに表示されるので、そちらから進んでもらってもOKだ。

 

そんなことよりおっぱいの話をしようぜ!①

そんなことよりおっぱいの話をしようぜ!②

そんなことよりおっぱいの話をしようぜ!③

おっぱいならスラスラ書けるのに

そんなことよりおっぱいの話をしようぜ!⑤

そんなことよりおっぱいの話をしようぜ!⑥

 

このおっぱいシリーズはもう一つの顔を持っている。それは子供に関する話だ。子供の事についてはこのシリーズでしか書かないようにしている。「別に他の記事でも書いたら良いじゃないか」「何でそんなことするの?」「意味があるのか?」仰る通り意味なんてない。けれど、意味なんてないということに意味があるんだ。いや、当初は一つ狙いがあった。「お子さんうまれるんですってね」というさりげない声かけから始まるおっぱい談義を期待していたのである。つまり、子供の事を知っているということは同時にこの記事を読んだ事を意味するようにしていたのだ。だがしかし、この狙いは完全に外れてしまった。私自身が色んな人に子供のことを話していたからである。結果、子供の話をされてもそれがおっぱい談義に繋がる振りなのか分からないという致命的なミスを犯してしまっていた。

なので今となっては本当に何の意味もないのだが、まあせっかくなので続けていこう。継続は力なり。続けていく事で何か見えてくるのかもしれないし、見えてこないのかもしれない。人生なんてそんなものさハハハ!まあそれはさておき、無事に子供が生まれた。いやはや可愛い。とてつもなく可愛い。写真はまた今度お見せしよう。断られてもきっと見せているであろう。そんな自分しか目に浮かばない。あまり子供の話ばかりしてもなーとは思っているのだが、多分9:1の割合で子供と本の話をしている事であろう。第二弾の時にも書いたが、連れて行けるようになったら読書会にも連れて行くつもりだ。みんな可愛がってくれるだろう。抱っこしてくれるだろう。抱っこされるということは、つまり、そういうことである。私は嫉妬の嵐に狂うだろう。ああ、おっぱいがあったら埋もれたい。

そのおっぱいであるが、今回の妊娠出産にあたり私は自分の知識のなさを痛感した。母乳あげるのってめっちゃ大変ですやん・・・・・・基本3時間おきで1日8~10回授乳!?これまでのように長時間の睡眠を取ることは出来ない。授乳しないで母乳が蓄積されると乳線が詰まる恐れがある。赤ちゃん見たらおっぱいが張ってくるとか搾乳とか。妊娠・出産・育児関連の本はいくつか読んではきたが、自分には関係なさそうだとページを読み飛ばしてしまっていたのだろう。全く頭に入っていなかった。知らない事だらけだった。私は出来るだけ嫁の負担が少なくなるよう、自分のことは自分でやって、料理を作って、洗濯掃除をやって、手続き関連もやって・・・・・・と理想的な夫を演じてみたら少し前にパンクしてしまった。色々と先回りして動いていたら、PCのメモリでいえば100%使っている状態になってしまっていたのである。そこに突発的な案件が入ってきたものだから100%を越えてフリーズ。対処出来ないのがもどかしくて悔しくて嫁の前でほろりと泣いてしまったのだった。どの家庭にも色んな事情があるとは思うが、ひとまず夫婦間でどう動くのか随時話し合いだけはした方が良いなと感じた次第である。今はちょっとずつ自分たちのリズムが出来てきている。まだまだ日々衝撃の連続ではあるが、ベイビーの成長を楽しむ事が出来ている。

 

 

 

ところで、おっぱい飲んでみた。

あ、いや、彼を知り己を知れば百戦殆からずというではないか。赤ちゃんが一日に何度も飲んでいるおっぱい。何故母乳が出るようになるのかといったメカニズムは本でも知る事が出来る。しかし、本では得られない経験というものがある。そう、おっぱいの味だ!!やはり味も知る事が、この長く続く戦いに負けない方法だと思うのだ。母乳の詰まりを予防するためという大義名分もあるしな!大抵のパパはやっている。はず。多分。え、私だけか!?いやいや、ネットで検索したらいくつかヒットしたので何人かはやっているはず・・・・・・。

おっぱニストな主催者である以上、私にはおっぱいを吸わねばならぬ使命がある!!そう自分に言い聞かせて奮い立たせ、嫁から合意を得た上でおっぱいを飲んだ。ちゃんと合意の上で、である!夜中嫁が寝てる隙に赤ちゃんのフリして飲んだとかじゃないんだからね!ばぶぅー!!

結果、味はしなかった。

正確にいうと出なかった。ただ吸っただけだった。いつもの事ながら嫁に恥ずかしい姿を見せただけだった。ご想像頂きたい。椅子に座る嫁。跪いておっぱいを吸う私。何プレイ?あ、これが赤ちゃんプレイか!!ばぶぅー!!いやはや、とにもかくにも吸い方が難しかった。どうやって吸ってるんやベイビーちゃんよ・・・・・・!と思って横から見てみるものの、全然分からん。しょぼーんである(´・ω・`)いずれまた挑戦したいが、二度目の許可がおりるかどうかは不明である。

 

 

 

おっぱいの偉大さを知ったエピソードについてもここに記しておこう。

つい先日、嫁が散髪に行った。嫁にとってはほぼ二ヶ月ぶりとなる外出だ。私にとってはベイビーと初めて過ごす二人きりの時間であった。嫁と私とで交代して寝るようにしているので、ベイビーと二人きりの時間はそれまでにも何度か経験している。しかし、それは何かあれば嫁に声をかけられるという状況での二人きりであった。家で完全に二人きりになるのはこれが初めて。ソワソワ・・・・・・とした雰囲気が伝わったのか、ベイビーは嫁が出て行った瞬間から泣き出した。おおおう!まじかー!ミルクかい?おむつかい?おしゃぶりかい!?さみしいのかい?と色んなパターンで声掛けしたり抱っこしたりする。ミルクがヒットして一旦寝たものの、30分くらいしたら目をパチッと開けた。ミルクも通用しなくなり、泣き止まなくなった。これが魔の3週目ってやつか・・・・・・!!諸説あるらしいが、生後3週間頃になるとベイビーはママのお腹の外にいるのだと認識するようになるらしく、違う環境だから不安になって泣いてしまうのだとか。ネットで検索していくつか出てきた対処法をやってみるものの、どれもヒットしなかった。

どうしたもんかなと思いながらベイビーを抱っこしてユラユラ。すると、ベイビーが私の服をパクパクし始めた。これはもしや・・・・・・!?

嫁には出来て、私にはどうしても出来ない事がある。授乳である。

ここ数日、ギャン泣きしても嫁のおっぱいをパクパクとすると落ち着いて寝る事が多かった。しかし、しかしだ!今ここに嫁はいない。あるのは私のおっぱいだけだ。

ん?

私のおっぱいが・・・・・・ある?

 

 

 

 

 

ママのおっぱいがなければ、パパのおっぱいを吸えばいいじゃない!

 

 

 

 

 

私は自分の閃き具合に膝を打った。人は窮地に立たされた時にこそ真価を発揮するものだ。うんうん。ピンチはチャンス!服をめくり、右乳首をそっとベイビーの口元に近づけた。

 

 

 

 

 

はーい、おっぱいでちゅよー!

 

 

 

 

 

吸わ・・・・・・ない!!\(^o^)/

 

 

 

 

 

右乳首をパクッと加えて数秒後・・・・・・ベイビーは「ああん?」って顔になった。母乳出ない。乳首小さい。何じゃこりゃあ!って顔だった。不服そうだった。あ、泣く。泣きそうな顔になってる。あ、泣いた。うおおおおお!!余計に大きなギャン泣き!!やっちまった!!

天を仰いだ。

私は何をやっているんだろう・・・・・・。冷静になって考える。パパのおっぱいで満足するわけないじゃあないか・・・・・・。私は自分のおっぱいの無力さに打ちひしがれた。やはり、ベイビーにとっては嫁のおっぱいに勝るものはないのだ。母乳には抗菌成分と抗ウイルス成分が含まれている。母乳育児をしていると、赤ちゃんは病気にかかりにくいし、仮に病気になった場合、母乳の成分が変化するのだという。母が細菌感染やウイルス感染にさらされた場合、母の身体はこれらと闘うために抗体を作り、この抗体が母乳を通じて赤ちゃんに運ばれるのだとか。嫁とベイビーは出産後もしっかりと繋がっているのだ。そんな繋がりは、パパには・・・・・・ない。

部屋の壁にはいくつもの本棚がある。無力さを感じ、ぼんやりと本棚を眺めていると、『聖☆おにいさん』がキラリと光って見えた。・・・・・・そうか!!諦めるのはまだ早い!!私は再び閃いた。そうだ、そうだよ!その可能性は十分にある!!ただ単に右乳首が嫌いだっただけという可能性が!!

 

 

 

 

 

右の乳首を拒否されたら、左の乳首を差し出しなさい・・・・・・ということだな!

 

 

 

 

 

さらにギャン泣きした。

 

 

 

ぎゃー!これじゃないでちゅねー!やはり、私のおっぱいは無力だ・・・・・・!!ごめーん!!

結局、ミルクを普段よりも少し多めにあげて、抱っこして、youtubeで寝かしつけの音楽を聴かせ、嫁が帰ってくるまでの間をやり過ごしたのであった。嫁が帰ってきてから授乳するとすぐに寝た。おっぱいは偉大である。そう、嫁のおっぱいは。

ママか、ママ以外か。

ベイビーの世界はそうなのだろうなと、パパの存在感のなさを痛感した。そんな事を感じたエピソードであった。ちゃんちゃん。

 

 

 

出産時、私は立ち会った。

何が出来るわけでもないけれど、側にいたいと思ったからだ。陣痛ってこれなのかな?ってことすらもお互い初めてなので分からない。本を読んで知識は得ていても、やはりこれも実際に経験してみないと分からない事だ。その未知の体験を、嫁は、する。男には永遠に経験出来ないことだから、どんなに言葉を繕っても、分かったフリ以上にはならない。「夫婦一緒に」という言葉を使ってはみても、結局の所、産むのは嫁なのだ。妊娠中も痛い思いをして、産まれてからも痛い思いをしている。私は本当に無力感しか覚えれない。けれど、だからといって他人事で済ませるつもりはないし、理解出来なくても理解しようとする姿勢は持ち続けたいなと思った。たとえ嫁から暴言暴力を振るわれようとも。てっきり痛くて叫ぶものだと思っていた。だが、嫁は自宅で陣痛が来ても、病院で分娩室に入っても、全く叫ばなかった。ただただ痛みに耐えるだけ。私はオロオロするだけ。ヘイヘイドクター!ヘイドクター!なんてフレーズが頭をよぎってナースコールを押した。ナースコールで来るのはナースだ!「ナースが来がち」ではなくナースしか来ない。そして時間外だったからドクターはまだ出勤していなかった。なるほど確かに立ち会った所で夫が役に立つことはなさそうだった。むしろ邪魔をしてしまった感もある。そんな私のオロオロした様子を見る余裕もなく、嫁はひたすら痛みに耐えていたのだった。痛みはずっと続くわけではなく、波がある。痛みが引くと私を見る。私は手を握った。微笑んだ。泣きそうになっていた。

正直な所、当日までは出産の間どう時間を潰そうかななんてことを思っていた。10時間ほどかかると本で読んでいたからだ。しかし、いざ当日を迎えてみるとあっという間だった。何をしていたか記憶はないが、ただひたすら嫁と一緒に過ごした時間だった。これほど長い時間を一緒に過ごしたのは、いつぶりだろう。いつも仕事で、休日も遊びに行って、ほとんど嫁は放置していたようなもんだ。罪悪感もよぎりつつ、改めて思ったのは嫁可愛いって事だった。私はここに来て再び嫁に惚れてしまったのである。私の惚れる基準の一つに尊敬がある。私は元々嫁スゲーと思っていたが、出産という大仕事に挑んだ嫁を更に尊敬したのだった。こりゃーもう頭が上がらない。おっぱいは吸うけど。

 

 

 

話は変わるが、出産前に私が最も恐れていたのは、おっぱいに対する認識が変わりつつある事だった。シリーズ第一弾にも書いたが、自分自身の環境の変化と共に、おっぱいの好きの度合いが小さくなってきている気がしていたのだ。そして実際に環境が変化した今、感じている事がある。

もう、これ以上おっぱい記事を書くことは出来なさそうだ、という事だ。

そう感じたため、この記事のタイトルにはあらかじめ「ラスト」と付けさせてもらった。

「おっぱい」という単語を発する機会は格段に増えた。しかしそれは全てベイビー関連で使っていて、私がこれまで追い求めていたおっぱいとはまた違う意味となっている。悲しい事なのか、喜ばしい事なのか、まだ分からない。確実に言えるのは、私の中でおっぱいの定義が変わってしまったという事である。

その定義は、人類がこれまで長い歴史を辿って来た中で、究極的に原始的で根本的な定義であり真実なのかもしれない。その真実に辿り着きたくない、と思っていた。今も思っている。けれど、ベイビーが生まれて嫁が授乳している姿を見ていると、私の中ではどうしてもおっぱいは揉むものではなく吸うものなのだと定義せざるを得ない。

性的な目線でおっぱいを見つめる事の出来ていたあの頃が既に懐かしい。まあ、そんな事を言いながらついつい癖で目線はおっぱいに行ってしまうだろう。好きなものをつい長く見つめてしまうのは性であり業であるのだから。おっぱいの定義が変わったとしても、好きである事は変わらない。

 

 

 

・・・・・・以上だ!!

 

 

 

おっぱいについて書くことはもうないだろう。書きたい事は全て書き終えてしまった。元々このおっぱいシリーズはシリーズ化するつもりはなかった。この記事を面白いと燃料投下して下さったおかげで、ここまで書く事が出来たのだ。「暗黒時代シリーズ」に続き、この「そんなことよりおっぱいの話をしようぜ!シリーズ」も終わってしまったことは悲しくもあるが、どこかやり切ったぜって感もある。お付き合い頂き、ありがとうございました。

最後はやはりあの言葉で締めくくろう。

 

 

 

 

 

おっぱい最高!

 

 

 

 

 

~そんなことよりおっぱいの話をしようぜ!~