暗黒時代を語る時がやってきた⑨

小学生の頃、私は柔道を習っていた。自分からやりたいと言ったわけではなく、母親に勧められてのことだ。

自分で決めていないものほど、やる気の起こらないものはない。私は柔道の日がとてつもなく嫌だった。今では良い経験だったなあと思えるし、案外体の使い方とかでは役に立っているような気もする。特に重心を意識することは、柔道を習う前にはなかったものだ。

とにかく、今は感謝出来ても、当時は嫌だった。私は小学六年生に上がる前、柔道を辞めたいと母親に告げた。しかし全くもって取り合ってくれなかった。

次の柔道の日から、とある所に出掛けるようになった。ソフトクリーム屋さんだ。柔道の練習を終えたあとにソフトクリーム屋さんに行くのがお決まりのコースとなったのである。私は甘いものが大好きだ。少ししんどい思いをしたあとに食べるソフトクリームは格別の味がした。

お分かり頂けただろうか……。

私は母親の掌で転がされていたのである。ソフトクリームを釣り餌にしたフィッシングにまんまと引っかかり、それからしばらく柔道を続けた。

 

それからしばらくして、私は改めて柔道を辞めたいと母に伝えた。私は泣いていたことを覚えている。一度始めたものは辞めてはいけないと思っていたから、この決断は非常に悔しい思いもあった。母は諦め、それから柔道に通う事はなくなった。

私はソフトクリームを食べる度にその事を思い出す。あの時に食べたソフトクリームを上回る味にはいまだ出会えていない。味だけならばもっと美味しいものは沢山ある。けれど、そこに思い出が加わると、上回るものはなかなかないのだろう。思い出は最高のエッセンスなのだ。