暗黒時代を語る時がやってきた②

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暗黒時代を語る時がやってきた①

 

 

中学一年生の夏、私は足を負傷した。

家で将棋盤を落としたのだ。

お爺ちゃんからもらった立派な将棋盤だ。持ち運んでいる最中に手元が狂い、私の足元めがけて落下した。親指の爪の横にぽこっと血まめが出来た。血まめ自体は一、二週間の間に完治するのだけれど、怪我をした瞬間、私はこう思った。夏休みだ!と。これで部活が休めると咄嗟に思ったのだった。

中学一年目の部活顧問はそれなりに経験のある先生が担当していて、練習はかなり厳しかった。友達が入るというので入った卓球部だった。人に流されてはいけないと知った初めての経験といえよう。ハードだったのですぐに辞めたかったのだが、うちの中学では全員何らかの部活に所属しなければならなかった。辞めたとしても別の部活に入らなければならないが、部活の入部というものにはタイミングってえもんがある。途中から入部するとなると、転校生か、よほどの熟練者が満を持してやってきた、くらいの理由がなければハードルは高い。そのハードルの高さと、部活顧問が厳しかったこともあり、私は部活を辞められないでいた。

そんな中での負傷。私は嫌な部活から一時的にでも逃げ出せると歓喜した。怪我をした直後に夏休みに入ったので、私は後先考えず、というか後先考える脳もなかったので夏休みを満喫した。つまり、部活をさぼったのである。

夏休みを満喫している間、学校から連絡もあったようなのだが、私はことごとく外に遊びに出かけていて取れなかった。あとで親から電話があったことを聞いて「電話しときなさいよ」と言われ「うん」と言っておきながら一度も連絡しなかった。しかし、満喫しているはずなのに、私の心には常に部活のことがあった。罪悪感っちゅーやつだ。怪我は既に完治している。理由もなく、私は部活に行っていない。日に日に増していく罪悪感。

そんなある日、電話がかかってきた。私は不意をつかれて取ってしまった。顧問の先生だった。「怪我はどうだ?」と聞かれ、私は咄嗟に「まだ痛みます」と答えた。即答で「嘘をつくな!」と大声で怒鳴られた。電話越しに説教をくらい私はまじで泣いた。

お約束の「もう来なくてもいい!」という先生の捨て台詞に必死にしがみつき、何とか許してもらって、私は翌日から真面目に部活に行くようになった。そこからは皆勤賞である。その顧問の先生との思い出はこれくらいで、あとは練習がきつかったことくらいしか覚えていない。

 

 

 

二年目からは顧問が変わった。

代わりにやってきたのは女の先生だった。卓球の経験はない。一年目の怖い先生が抜けた穴をとりあえず埋めた感じだったのかな?と今では思うが、まあそれはさておき。

卓球未経験ということで、私たち二年生が先生に卓球を教えることになった。その頃の私たちは一年目の怖い先生のおかげで卓球の腕自体は結構上達していた。最初は皆初心者だったことは既に忘れている。あらぬ方向へ球を飛ばす先生を見て「先生ダセー!」なんてからかっていたものだ。二年生は私を含めて八人で、一年生と三年生は少なかったから割りと和気藹々とした部活だった。

先生はめきめきと上達はしなかった。一年前まで初心者だった私たちが教えていたのだから当然っちゃ当然である。しかし、練習試合で私は一度も勝てなかった。何故か。

 

先生は、実は消える魔球の使い手だったのである!

 

先生がサーブを打つと何故か球が消えるのだ。そして手元直前になって再び球は現れる。軌道を予測しなければ卓球の早い球は打ち返す事が出来ない。慌てて打ち返すものの、ネットにかかったりあらぬ方向へと打ち返してしまった。サーブを打ち返せたとしても、先生がスマッシュするとまた再び球は消える。そうして点数を取られていき、敗北するのが常だった。

しかし、これは私の場合だけだった。他のメンバーが練習試合をする時はそうでもなかった。皆、先生には当然の如く勝利をおさめる。先生は初心者なので普通に考えてこちらが負けることはない。

球が消えていたのか、時が止まっていたのか。え、DIOの転生者?と、まじで疑いたくなるほどだ。私がいきなり下手になったとは考えにくい。

私はこの謎を解くことがいまだに出来ないでいる。

もう先生と会うこともないだろから、謎は永遠のままだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで先生は巨乳だった。

 

 

しかも結構な美人である。

 

 

私の目線は当然ながらおっぱいに注がれた。

 

 

しかも中学二年生である。嫁とも出会っていないから、私は目線が案外気付かれるものだということも、まだ知らない。

サーブを打つ時、少し前傾姿勢になって体勢を作る。先生のおっぱいが卓球台越しに普段とは違う角度でコンニチハする。コンニチハされたらコンニチハするのが社会人としてのマナーであろう。まだこの時は学生ではあるが、いずれ社会の波にのまれることを想定して私は礼儀正しく生きてきた。コンニチハされたのにコンニチハしないのはちょっと礼儀としてどうなのか。私のポリシーに反する。

スマッシュを打つ時には腰を据えて上半身を思いっきり捻らなければならない。先生は私たちが教えた通り、忠実にスマッシュを覚えた。当然ながら激しい運動だ。あらゆる筋肉が揺れる。ぷるんぷるんと。揺れるのである。私は軌道を予測して、その予測が当たると歓喜した。先生のスマッシュはそんなに強烈ではなかったものの、何故か私は一度も打ち返せなかった。

温泉で卓球が流行ったのは実はこれが一番の理由なのではないかと私は思っている。そういえば卓球も中学以来やっていない。温泉で卓球でも楽しみたい所だ。

私にとって二年目からの巨乳せんせ……もとい美人先生は恩師だ。おかげで二年目、三年目も皆勤賞だった。一年目も途中からは皆勤賞だったが、その時とはモチベーションが全く違う。先生には感謝しなければならない。二年生からは全く上達はしなかったが。私に幸福な二年間を与えてくれてありがとうである。第一弾の時に全て暗黒時代だと書いたが、こうして振り返ってみるとそこそこ楽しい地元ライフだったような気がしてきた。うんうん、とても良い事だ。

いやしかしあの消える魔球だけは本当に謎だ。コナン君か金田一君でも来てくれないだろうか。あ、いや、それはそれで殺人が起こるから遠慮しておきたいところだ。

 

 

ところで、6/30の漫画限定読書会で私はジョジョの10巻を持っていった。最初からジョジョの話をするつもりだったのだが、次に参加者の方が紹介された本も何と同じ荒木先生の作品「バオー来訪者」だった。当然ながら私のいたグループは荒木飛呂彦祭りとなった。別の話をしていても自然と「ジョジョの場合だと……」と話が全てジョジョに持っていかれるってパターンである。この流れ、どこかで見たことがある。そう、ヅカ部だ。新たな沼をついに自ら作り出してしまったが、なるほどこれは快感である(すぐ卑猥な言葉を使いたくなるやつー)

初参加の方にさえ「もう何でもかんでもジョジョにして!」と突っ込まれるほどジョジョづくしな時間であった。反省はしているが、後悔することは、だが断る。うん、またもや怒られそうだ。

そんな風に生れたてのジョジョ沼であるが、同じレベルで最近おっぱい沼に私はどうやらはまっているようだ。いや、挟まれているようだ。

今日はおっぱいは書くまいと決めていたはずなのに、結局おっぱいのことを書いているではないか!

そういえば部活+おっぱいといえば、そんな映画があったことを思い出した。そう、おっぱいバレーだ。私は自分自身の甘酸っぱい思い出とともに、この映画に触れたいなと思っている。

 

 

結局おっぱいの話で終わっているな!